墓参 父の祥月命日
墓参 父の祥月命日
今日2月9日は、30年前父が66歳で永眠した日です。
私と3歳違いの妹と二人で墓参してきました。
祥月命日が今年は日曜日でしたので二人揃っての墓参が叶いました。
そして今日、墓参をしている私自身が父と同じ66歳ですから、
ちょっと不思議な心持でした。
父の葬儀の時、漠然とですが「父と同じ年まで生きられるかな…」と
思っていましたからとりあえず目標は達成しました。
合掌し「もう少し生かさせてください」と念じました。
父は大正12年の8月31日(関東大震災の前日)東京の下町で生まれました。
母子共々に生きながらえたのは間違いなく周囲の方々に守られ支えられ
励まされて命をつないでこれた証でしょう。
この世に産まれ来て生きてそして死んでいく命の不思議です。
第31回朗読会ばぶの会 (報告)
第31回朗読会ばぶの会 (報告)
今日(1/26)第31回朗読会ばぶの会無事開催できました。
冒頭「あけましておめでとうございます。朗読会も6年目に入りました。
今年もよろしくお願いします」の挨拶で今年最初の朗読会は始まりました。
6年目に入ったことで朗読会への抱負や展望を紹介させていただきました。
「…この朗読会は朗読に興味を持たれている方や、これから朗読を始めたい…という方々に『朗読用テキスト』の製本・提供などの応援活動もしていきます。」
今日は15作品のテキストの現物を関心のある参加者に閲覧していただきました。
- 今回は別の朗読会への出演と日程が接近している為に参加のできない方も
数名いらっしゃいましたので参加者は少なめでした。
今日の朗読作品紹介
①「二人の紳士(別役実・作)」
②「口紅――エッセイ集『でもいいの』(佐野洋子・作)」
③「十三年(山川方夫・作)」
④「朱塗りの三段重(江國香織・作)」
~休憩約15分~
⑤「牛をつないだ椿の木(新美南吉・作)」
⑥「猫の事務所(宮沢賢治・作)」
今後の予定
第32回朗読会 3/22
岬あずさ・作「プレゼント(18分)」 朗読 上田みつ子
宮沢賢治・作「黄色のトマト(35分)」 朗読 木村博子
~休憩~
山口タオ・作「バッハの時間、雨の日のお客様(9分)」 朗読 望月あつこ
第33回 5/24 第34回朗読会 7/19
佐野洋子・作「これはペテンか(19分)」
安房直子・作「さんしょっ子(35分)」
宮沢賢治・作「北守将軍と三人兄弟の医者(40分)」
他
第34回朗読会 7/19
他
3回目のSAS外来(1/7)の時にDr.に尋ねたこと
3回目のSAS外来(1/7)の時にDr.に尋ねたこと
「2020年になりました。現在私は66歳です。これからの10年を思い描いてみた時、2030年になった時私は76歳ということになります。
10年の間に確実に加齢による老化は現在よりも色濃くなっています。
自分の残りの人生、上手に歳を取りたいと思います。
そのためには上手な睡眠ができるようになっていることが一つの指標になると思うんです。
睡眠はだいたい一日何時間位とれるのが理想でしょうか?」
この質問に対しDr.の返事は
「4時間だと少ないでしょう。6時間位とるのが目安でしょう」でした。
なんとなく8時間位とれることが理想なのかなと漠然と思い込んでいた私にとってDr.の返答はちょっと気持ちを楽にしてくれました。
第31回朗読会ばぶの会 開催告知
1月26日(日曜日) 会場:和光大学ポプリホール鶴川エクササイズルーム
2020/1/12告知 ※会場の都合により今回のみエクササイズルームで開催です。
第31回朗読会ばぶの会 参加費 ¥500※要予約
1月26日(日曜日)午後1時半開場 2時開演~4時頃
今回の朗読作品 紹介
「口紅(でもいいのより)」(さのようこ・作10分) 朗読・楠麻美子
「朱塗りの三段重」(江國香織・作9分) 朗読・庄野博子
「牛をつないだ椿の木」(新見南吉・作33分) 朗読・木村博子
「猫の事務所」(宮沢賢治・作24分) 朗読・曵田宏
~朗読会ばぶの会のご案内~
奇数月(1月3月5月7月9月11月)の後半の日曜の午後約2時間、
年6回開催しています。会場は和光大学ポプリホール鶴川です。
朗読会ばぶの会は私(曵田宏・通称ばぶさん)が主催する朗読会です。
100回開催を目して17年計画を立てました。現在6年目に入りました。
朗読好きが集まります。
朗読をするのが好きな人と、朗読を聴くのが好きな人たちの交流の場です。
参加ご希望の方は事前にご予約願います。
連絡先 08050525354(ひきだ)
目覚めのメリハリ… 自分サイズのCPAP療法
目覚めのメリハリ… 自分サイズのCPAP療法
CPAP療法を自分に施していると「眠り」や「睡眠の有り様」などに就いて
いろいろ思いが巡ります。
バイトに行く日の朝を紹介します。メリハリのメリでひとまずAとします。
「目覚める」ではなく、「自分の身体を目覚めさす」
ちょっと変な日本語になりますが、あたかも『カチッとスイッチが入るよう』に「目覚めさす」のです。これはひとつの自己暗示です。
「起きるべき時間」の15分前に『予鈴のようなアラーム』をセットして入眠します。そして肝心の朝ですが予鈴のアラームが鳴ったら『15分後のスヌーズアラーム』にセットをしなおします。で本チャンで起きなくちゃの時刻にあたかも
『身体がスイッチオンと目覚められる』ような生活習慣が身に就くようにするための鍛錬です。鍛錬を初めて4カ月がたちました。
一方バイトが休みの日の朝です。メリハリのハリでひとますBとします。
「寝たいだけ寝る」モードにします。けれども…。
アラームをセットしていなくても実際には身体のほうは勝手に起きますので
一旦は起きてトイレに行き、そして「寝たいだけ寝るぞ」とニンマリ自己暗示をかけて再入眠。なんともいえぬ快感です。身体が目覚めるまで眠ります。
面白いもので程々の処で目覚めてくれます。
AとBを合わせて「メリハリ」のある目覚めの日々を創り出そうと試み中です。
私は週4日デイサービスセンターでバイトしていますので、明日はバイトという日と明日はバイトが休みという日とでは眠りに対しての心持ちが違います。
「起きなくちゃ」という緊張感を抱いて眠る日と、緊張感から解放された日とあるわけです。
緊張感無く眠っていい日を面白がっていましたところ、
「はっ」とビビってしまう事実に気が付きました。
「緊張感無く眠っていい」というのは「永眠」することにつながらないだろうか?
やりたいことがまだ沢山ある自分の人生です。
今ここで「永眠」するわけにはいきません。
「眠り」が目的ではなくて「眠った後起きて自分のやりたいことをやる」ことの中にこそ目的があるのです。
自分サイズのCPAP療法を見つけつつある暮らしです。
やっぱ程々に緊張感をもって眠りそして起きる暮らしに幸せを感じています。