donpo9’s blog

脳卒中を体験した人の生活の楽しみ具合レポート

メモリアルな誕生日

メモリアルな誕生日

 

 

 

昨日夕方から「終夜睡眠ポリグラフ検査」をうけました。

睡眠時無呼吸症候群のデータを取るための検査です。

バイト先の健康診断の検査を受け、引っかかった項目について細かい検査を受け、

さらに細かい検査を受けることになった…というのが経緯です。

身体の脚、胸、指先、首、口の両脇、鼻、頬、顎、後頭部などあちこちにセンサーの

コードを貼り付け、その数18本。凄いいでたちです。

センサーがずれたり外れたりしないようにネットを頭部(顔面)にかぶり、

まるで覆面レスラーになったみたいです。

21時から翌朝7時まで、データをとられました。

データの解析結果が出るのは約1か月後。

こうして私の66歳が始まりました。

 

第30回朗読会ばぶの会   (告知)

第30回朗読会ばぶの会 (告知)

2019-09-11 16:03:47 | ばぶさん童話

11月24日(日曜日)  会場:和光大学ポプリホール鶴川リハーサル室                                    
第30回朗読会ばぶの会  参加費 ¥500※要予約

◆第1部◆ 子供のための朗読会  13:30開場 13:45~14:45開演
・のはらうたより (作・工藤直子)              森田さつき 9分
・だってだってのおばあさん(作・佐野洋子)         楠麻美子11分
・ソメコとオニ(作・斎藤隆介)                村松美里 10分
・ばぶさん童話より(作・曵田原 宏)             曵田宏12分

          ~☆~全席入れ替え~☆~

◆◆第2部◆◆ 大人のための朗読会  15:00~16:45
・きつねのでんわボックス(作・戸田和代)             庄野博子11分
・陰翳礼讃(いんえいらいさん)より、漆器(作・谷崎潤一郎)     木村博子16分
・啖呵売(作・沢村貞子)                     小脇貞子9分
・転生(作・志賀直哉)                      望月アツコ14分
・なめとこ山の熊(作・宮沢賢治)                 曵田宏34分

☆次回第31回朗読会ばぶの会 2020/1/26(日曜日) エクササイズルーム
☆次次回第32回朗読会ばぶの会2020/3/22(日曜日) リハーサル室
☆次次次回第33回朗読会ばぶの会2020・5月(日曜日)未定
連絡先 080 5052 5354(ひきだ)

薮下のよんちゃんの孫(祖父の戸籍を訊ねて南へ北へ)

薮下のよんちゃんの孫(祖父の戸籍を訊ねて南へ北へ)

 

 

母は2019811920分自宅のベッドで永眠いたしました。

921か月の生涯でした。

49日法要の前までに祖父岩本米蔵のことを調べてみようと行動を起こしました。

なぜなら母は父親っ子でお父さん(祖父)が大好きだった少女です。

母の言葉を借りれば「薮下のよんちゃん」と近所の人から慕われていた人柄です。

 

「私の祖父のことを調べています」母の出生地のI市役所の戸籍係を訪ねました。

その為には『母の戸籍の写しが必要』ですと係の人からいわれ、

せっかくバスを乗り継いでここまで来たけれど一路南へ。

止む無く隣りのH市役所の戸籍係を訪ねました。

『本籍地は何番ですか?』と問われたものの定かにはわかりません。

私自身でさえ来週には66歳になります。ちょっと昔のことは辿りきれません。

記憶の断片を頼りに半ばあてずっぽうに申請書を書きました。

ここがスムーズにいかず係の人も検索しきれぬと見えてとても長い時間待たされました。

因みに母は先月811日に他界していますし、父は39年に鬼籍に入っています。

ようやく母の戸籍をプリントアウトしてもらい、時間が押しているので

H市役所からI市役所まではタクシーを飛ばし一路北へと戻ります。

なんとしても今日中に祖父の戸籍を手に入れたいのです。

役所の閉館時間ギリギリに入手できました。

 

1956(昭和31)317日祖父は7810か月の生涯を閉じています。

ばぶが生後26カ月の時でしたから私に祖父の記憶がないのは致し方ないでしょう。 

祖父は曾祖父初太郎の3男として

1877(明治10) 4人兄妹の3番目として生まれています。(曾祖父43歳の年。)

因みに曾祖父初太郎は1834(天保6)3月生まれ。  

1891(明治24)108日、祖父が14歳の年に弥八氏の養子となりました。

この当時は跡取りとの関係で養子・養父縁組の関係も多かったそうです。

1914(大正3) 37歳の祖父は14歳年下の祖母と結婚しています。

祖父にしてみれば晩婚だったろうと思います。

祖母と14歳離れていたわけですから夫婦喧嘩もめったになかっただろうなぁと思います。

私の母チヨさんは1927(昭和2)祖父50歳祖母36歳の時に、

9人兄弟の6番目に5女として生まれています。

私の母は23歳で結婚していますから、その時祖父は73歳、祖母は59歳だったのですね。

年代を頼りに、自分自身の年齢も重ね合わせ想像力で、祖父や母の人生や暮らしに

思いは馳せていきます。

 

第29回朗読会ばぶの会 無事開催できました (報告)

第29回朗読会ばぶの会本日無事開催できました (報告)

 

 

例年のことですが9月の例会だけは『宮沢賢治作品のみ特集の朗読会』なのです。

そして今年のラインナップと朗読者の作品に対してのコメントを紹介します。

 

①           「狼森と笊森、盗森」   (20分)  横手ひろみ 朗読

②           「土神とキツネ」      (41分)  岡部悦子  朗読

③           「ざしきぼっこ」      (10分)   上田みつ子 朗読

④           「気のいい火山弾」   (22分)   木村博子  朗読

⑤           「真空溶媒」       (13分)   楠麻美子  朗読

  1.         「よだかの星」      (23分)   曵田宏   朗読

 

  • 狼森と笊森、盗森              横手ひろみ 

 私にとって宮沢賢治作品は、何を伝えようとしているのか掴みにくく、

正直、苦手です。

それなのに、何か心惹かれ、朗読したい思いも強いのです。

今回は、荒れ地を開墾する農民と自然との交流を描いた

『狼森と笊森、盗森』を選びました。

 今は廃校になった奥羽山脈山中の小学校に、

「カイコン」と呼ばれる子どもたちがいて、

なぜ彼らだけが一括りにされていたのか、いぶかしく思ったけれど、

すぐ転校してしまって六十年・・・彼らに思いを寄せながら読んでみます。

  • 土神ときつね                岡部悦子 

意図せず湧きあがる思い・・人に対し、物に対し・・。

やるせなさ、苦しさ、いとおしさ、切なさ・・どうにもならないのよ、

『誰だってむしゃくしゃしたときは何をするかわからないのだ』

・・それを抑えるのが理性であり省みることであり、

なべてを見渡すことであり・・。

稚拙なまでに純粋な、登場人物それぞれのまっすぐな思いや言動を、

悲しいほど美しい と思わずにはいられない物語です。

  • ざしきぼっこ                上田みつ子 

日本各地にいろいろな伝承があるざしき童子。賢治の目には、

実はざしき童子が見えていたのかな、と、考えるとわくわくしてきます。

あなたの隣の方も、本当はざしき童子かもしれませんよ。

そんな想像をしながら、是非お聴き下さいませ。

  • 気のいい火山弾    木村博子 

ある火山のすそ野。ベゴというあだ名の石は、あんまり気がいいので野原の

みんなにからかわれます。でも、実は……!

からかいの場面が続くので、あまり陰湿にならないよう工夫しました。

最近は、ベゴ石さんに、地球(宇宙)の心のようなものを感じています。

  • 真空溶媒                   楠麻美子 

宮沢賢治が27歳の時自費出版した詩集「春と修羅」の中の一作品『真空溶媒』

初めて読んだ時、ルソーの絵みたいな異空間を散歩している不思議な印象を

受けました。

宮沢賢治初心者の私がその世界をどこまで理解出来るか? 挑戦ですね。

  • よだかの星                  曵田宏 

このお話は「不条理の話」と受け止められていることが多いですが、

私はその一面よりも「(人は)どのように生きて・死んでいったのかによって、

その死後、夜空の星となって輝き続けられる」のだということを

賢治さんが教えてくれていると理解しています。

鷹から改名を迫られたヨダカは

「私の名前は私が勝手につけたのではありません。神様からくださったのです」

と反論しつつも『では自分の本当の姿形・本当の声』はどんなものなのだろうかと

自分探しの旅に出たお話であるとも思っています。 

 

 

さすが、宮沢賢治さんの人気は根強いものがありますね。

今回の朗読会は開催前の予約席のお申し出が早々と完売でした。

その為当日飛び込みのお客様を2~4名お断りいたしました。

母の思い出

おてんとうさまはおみとおし

 

母が子供の頃、祖父からよく聞かされてきた

言葉です。母は正直で真面目な人でした。 

何より創意工夫の人でした。

知恵の働かせ方の多くも祖父から学んだのです。

口数は少ないけど人の悪口を言わない人でした。

簡単に激高などしない穏やかな人でした。

ある時台風の大風で庭木の幹がブロック塀で

ゴリゴリ擦られたのを見て「かわいそうに」と

ボロキレを巻いた人でした。

次男が受験浪人で住み込み店員となり、

新聞配りを始めて最初の雨が降った夜明け

「この雨んなか新聞配りしてんだよぉ」と

わんわん号泣した人でした。

長男が心筋梗塞のため477カ月で死んだ時

悲しみが大き過ぎて受け止め切れなかったので

葬儀の際には一粒の涙も出ませんでした。

祥月命日には欠かさず墓参りしました。

4年目の墓参りの時初めてポロポロ泣きました。

「母さん、僕らを産んでくれてありがとう。」

 

天寿・・・

天寿・・・

 

母が死んで2週間が経ちました。

人は生まれてきたからにはいつか死ぬのが定め。

と判っていてもそれでも訪れる『死』は遺族にとって

どのような死に方であってもやはり「突然死」ですね。

不思議です。 

「天寿」という言葉があります。

「天寿を全うする」という言葉があります。

天寿・・・